大阪大学21世紀COEプログラム 究極と統合の新しい基礎科学 実績報告書

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事業推進担当者の活動報告 > 久野  良孝 理学研究科物理学専攻・教授
久野 良孝 理学研究科物理学専攻・教授 写真

ミューオン、ニュートリノ、K中間子を用いた高精度フロンティアの素粒子物理の研究

久野  良孝  理学研究科物理学専攻・教授

役割/海外インターンシップ担当・班長

1.研究活動

 宇宙はどのように誕生したのであろうか?何故我々は宇宙に存在しているのであろうか?このような自然の深淵な謎を、素粒子物理学を用いて解明することが研究目的である。一般的に、このような基本的な問いを実験的に解明するためには2種類の方法がある。一つは高エネルギーフロンティア手法であり、もう一つは高精度フロンティア手法である。私は、これまで後者の高精度フロンティア手法を用いて研究を進めてきた。この手法では、低エネルギーの実験環境で、稀な事象(稀過程)や起こらないとされる事象(禁止過程)を高精度で研究する。これにより、素粒子物理学の標準理論を精密に研究し、また、標準理論では説明できない新しい物理現象を発見しようとする。

 これまで行ってきた研究課題は、大別して(1)K中間子を用いた研究、(2)ニュートリノを用いた研究、そして(3)ミューオンを用いた研究に区分される。これらの研究で得た業績のうち、過去10年間において、250以上の引用数を持つ論文が4編、100以上の引用数を持つ論文が6編、50以上の引用数を持つ論文が6編あり、引用総数は3,500を超える。

1) K中間子を用いた研究

  K 中間子はストレンジクォークを含むユニークな素粒子であり、標準理論およびそれを超える物理現象の研究に適している。まず、米国のBrookhaven 国立研究所において、K中間子の稀崩壊K→π νν崩壊探索実験を行い、クォーク混合を説明する小林・益川理論の正当性を証明し、小林・益川クォーク混合行列の行列要素を決定した。同時に、他のK中間子の崩壊モード、例えば、K→πνν崩壊やK→πμ μ 崩壊等についても研究を進め、弱い相互作用と共に強い相互作用についても研究を進めた。

 さらに、KEK において、K→π0μν崩壊でのミューミューオン、ニュートリノ、K中間子を用いた高精度フロンティアの素粒子物理の研究オンの縦スピン偏極を測定し、「時間反転不変性」が高い精度で成立していることを実証した。

  • “Further search for the decay K+ →π ννin the momentum region P<195-MeV/c”, S.C.Adler, M.Aoki, M.Ardebili, M. S.Atya, Y.Kuno, その他49名, Phys. Rev. D70, 037102 (1−5)(2004).
  • “Search for T-violating transverse muon polarization in the K+ →π 0μν decay”, M.Abe, M.Aliev, V.Anisimovsky, M.Aoki, Y.Asano, Y.Kuno, その他24名, Phys. Rev. D73, 072005 (1−8)(2006).
2)ニュートリノを用いた研究

 ニュートリノは、中性の電荷を持ち、中性微子とも呼ばれる不思議な粒子である。最近、異種のニュートリノが混合し(ニュートリノ混合)、かつ非常に小さいがゼロでない有限の質量を持つことが発見された。東京大学宇宙線研究所のスーパーカミオカンデや高エネルギー加速器研究機構でのK2K 実験などを用いて、ニュートリノ振動現象を研究した。太陽ニュートリノや大気ニュートリノ、加速器で生成されたニュートリノを使い、ニュートリノ振動パラメータを精密に測定した。以前の素粒子標準理論では、ニュートリノの質量はゼロと仮定されており、ニュートリノが有限の質量をもつことは標準理論を超える新しい物理を示唆する。
 
 さらに、スーパーカミオカンデでの超新星爆発残骸ニュートリノの観測可能性を調べた。これが発見されると、超新星の爆発機構について知見が得られるが、まだ発見されていない。今後の研究課題である。

 また、将来の高強度ニュートリノ源として期待されている「ニュートリノファクトリ」計画を、日本グループの代表者として、推進している。ニュートリノファクトリとは、加速したミューオンを蓄積リングに蓄積し、その崩壊からの高強度ニュートリノを実験に供する将来の加速器施設計画である。日欧米の3極から構成される国際共同研究体制で、概念設計および研究開発を行っている。さらに、「ニュートリノファクトリ」計画の重要な開発要素である「ミューオン・ビームのイオン化冷却」を実証する実験「MICE」(RAL 研究所、英国)を、日本グループのリーダーとして推進している。

  • “Evidence for muon neutrino oscillation in an acceleratorbased experiment”, E.Aliu, S.Andringa, S.Aoki, J.Argyriades, K.Asakura, Y.Kuno, その他152名, Phys. Rev. Lett. 94, 081802(1−5)(2005).
  • “A Measurement of atmospheric neutrino oscillation parameters by SUPER-KAMIOKANDE I”, Y.Ashie, K. Ishihara, Y.Itow, Y.Kuno, その他130名, Phys. Rev. D71, 112005(1−32)(2005).
3)ミューオンを用いた研究

 ニュートリノ振動現象は確立されたが、電荷を持つレプトンでの混合現象(荷電レプトンのレプトンフレイバー非保存)はまだ発見されていない。この現象は、素粒子の標準理論では起こらないと予測されている。しかし、新しい物理理論、たとえば、超対称性大統一理論や超対称性シーソー理論、などでは実験感度を数桁向上すると、発見できると予言している。この発見から、宇宙初期での物質の創成(レプトジェネシス)や基本的力の統一などについて知見が得られる。

 久野グループでは、特に、ミューオンが電子に変身するという過程、すなわち「ミューオン電子転換過程」を、実験感度を1,000,000倍向上して、探求することを目指している。このため、久野グループでは、高強度・高輝度・高品質の新しいミューオン源の開発を行っている。この計画は、PRISM(=Phase Rotated Intense Slow Muon source)と呼ばれており、図1にあるように、パイオン捕獲部、パイオン崩壊ミューオン輸送部、ミューオン位相空間回転部と測定器から構成される。現在、学術創成研究費により、大阪大学の核物理研究センターにおいて、ミューオン位相空間回転部の開発を行っている。特に、固定磁場強集束加速器(FFAG)を建設し試験を行っている。これらの研究は、将来の高エネルギーフロンティアの「ミューオン・コライダー」計画に発展する可能性を持つ。

図1 PRISMのレイアウト
  • “A Study of lepton flavor violating μN(eN)→τX reactions in supersymmetric models”, S.Kanemura, Y.Kuno, M.Kuze, T.Ota, Phys. Lett. B607, 165−171 (2005).
  • “Muon decay and physics beyond the standard model”, Y.Kuno and Y.Okada, Rev. Mod. Phys. 73, 151−202 (2001)(review article).

2.教育活動

 この5年間で、久野グループの最初の学生である大学院博士後期課程の大学院生1名が学位を収得した。

  • 田窪洋介/“A Study of Muon Neutrino Oscillation with Low Energy Spectrum in a Long Baseline Experiment”(平成18年3月)

 学内での教育活動に加えて、平成17年度および平成19年度に、「最前線の物理を高校生に」(Saturday Afternoon Physics)にて「素粒子・原子核への旅立ち」の講演を行った。平成18年度は、スコットランドにて物理サマースクールで合計3回の講義を欧州の学生に対して行った。平成19年度夏には、KEK 素粒子原子核研究所主催の諸大学3年生を対象とした「KEK サマーチャレンジ」にて、素粒子物理学の講義(3回)を行った。それに加えて、アウトリーチ活動として、たとえば、3回の一般公開講座を行っている。

3.特記事項

  Journal of the Physical Society of Japanの平成19年度11月号において、素粒子物理学の特集として、「Frontiers of Elementary Particle Physics, the Standard Model and Beyond」(edited by S.Komamiya, Y.Kuno, Y.Okada)を編集した。