大阪大学21世紀COEプログラム 究極と統合の新しい基礎科学 実績報告書

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事業推進担当者の活動報告 > 土岐  博 核物理研究センター核物理理論研究部門・教授
土岐 博 核物理研究センター核物理理論研究部門・教授 写真

ハドロン・原子核のカイラル対称性の理論

土岐  博  核物理研究センター核物理理論研究部門・教授

役割/事業推進・国際ワークショップ担当

1.研究活動

 ハドロンや原子核の構造および反応の記述ではカイラル対称性が重要な役割を担う。RCNP を中心とするLEPS グループがペンタクォークのシグナルを観測して以来、ストレンジネス生成を伴う系に対してカイラルモデルを使って、世界を牽引する形で研究を行って来た。原子核物理ではカイラル対称性に基づくラグランジャンを使って、原子核の基底状態の研究を行って来た。このCOE 期間にこれらのサブジェクトで3つの国際会議を主催した。クォーク核理論グループ全体で論文は97編、国際会議の発表は154件(内、教授・准教授の招待講演は32)であった。

1)ペンタクォークの構造とハドロン反応

 ペンタクォークは5つのクォークから出来ている新しい複合粒子である。これまでは、3つのクォークからなるバリオンと2つのクォークからなるメソンだけしか知られていなかったことを考えると、新しいクォーク物質の存在形態を見つけたことになり、さらにはクォークだけでできたクォーク核の可能性も開く。この状態の理論の予言はカイラルクォークソリトンモデルによる。すなわち、パイオンとクォークがカイラル対称性から要請された強い力で強く結びつくことにより、これまでに考えられていた以上に質量が小さくなる。

 我々は、パイオンの効果が重要であるとの観点から、カイラルバッグモデルとパイオンの質量を得ることができる非相対論的ハドロンモデルでペンタクォーク状態の構造の研究を行った。この際に既存のバリオンとメソンが再現できるモデルでこの状態を計算するとどうしても数100MeV 高めにペンタクォークを予言することを示した。これらの研究から、これまでは考慮されてこなかった閉じ込めの物理への研究発展を行った。格子QCD モデルでこれまでは研究されてこなかったクォーク対間で生じる閉じ込め力の計算を行った。現在はこれらを同時に扱うことを検討中である。

 1500MeV 辺りのハドロンのスペクトルは非常に豊かである。我々は、Λ(1405)やΛ(1520)の状態、クォークが4つで出来た状態等の構造と反応の計算を行い、多くの国際会議で中心的な働きをしている。数編の特記すべき論文を列挙する。

  • S.I.Nam, A.Hosaka and H.C.Kim, Phys. Lett. B633, 483 (2006).
  • E.Hiyama, M.Kamimura, A.Hosaka, H.Toki and M.Yahiro, Phys. Lett. B633: 237−244 (2006).
2)原子核におけるパイオンの役割

 原子核ではこれまでパイオンの役割が陽に取り扱われてこなかった。しかし、多くのデータを分析することにより、パイオンが特別な役割をしている可能性を見いだした。そのうえで、実際にパイ中間子を陽に含める形で原子核の基底状態の記述を行い、パイ中間子が原子核の表面に凝縮していることを理論的に示した。

 パイオンはカイラル対称性の破れから生じる南部ゴールドストンボソンである。そこで、カイラル対称性に基づいたラグランジャンを使って相対論的平均場理論で原子核の記述を行った。驚くべきことに、原子核の最も重要な現象であるマジック数の出現にパイオンが重要な役割を果たしていることを発見した。さらに重要なことは、原子核においてはカイラル対称性の破れが減少することが分かった。

 これまでの原子核物理では、中心力で核子が束縛されていると考えられて来た。パイオンが主要な働きをしている今回の描像では核子がほぼ光速で運動して、スピン力を通して結びついており、さらには大きな引力は核子が自らの質量を小さくすることによりお互いに結びつくことを示すことができた。

  • T.Myo, K.Kato, H.Toki and K.Ikeda, Physical Review C76(2007) 024305
  • Y.Ogawa, H.Toki, and S.Tamenaga, Phys. Rev. C76, 014305(2007)
図1 7000個の原子核の計算をRMF モデルで行った。原子核の変形度を色で表現している。
マジック数を持つ原子核では丸いがその他ではほぼ全てが変形していることを示している。
3)カイラル対称性を持った原子核理論

 原子核のカイラル対称性を持った理論による記述のためには負のエネルギー状態の取り扱いの方法を開発する必要がある。そのためには、ハドロンの真空状態の記述において、負エネルギー状態の取り扱い法を完成する必要がある。これまでは、核子の負のエネルギー状態を計算すると系が不安定になることが示されており、満足すべき方法が無かった。そこで、ボソンの量子補正を同時に行うことにした。

 核子とボソンの結合にカイラル対称性を持たせ、それぞれ同じオーダーで計算を行うと、ほぼ完全に両者の量子補正がキャンセルして丁度良い大きさの有効ポテンシャルが導出できることを示すことができた。この方法ではカイラル対称性の破れの情報を入れるだけで全てのラグランジャン中のパラメータが決まり、満足すべき理論が作れることが分かった。さらには非摂動の効果も取り込むことが可能であり、原子核の構造や核物質の有限温度での振る舞いの満足できる計算を行うことができた。現在はこの方法をストレンジネスを含むSU (3)に拡張している。

  • H.Toki, Y.Ogawa, S.Tamenaga and A.Haga, Phys. Part. Nucl. Phys. 59, 209 (2007).

2.教育活動

 COE 期間(2002年〜2007年)に下記の7人が理学博士の学位を修得した。内2人(中国、韓国)が国費留学生であった。

  • 安井繁宏/“Stability of strange matter with chiral symmetry breaking”(2004年9月)
  • Lisheng Geng/“Ground state properties of finite nuclei in the relativistic mean field model”(2005年9月)
  • Seung- I l Nam/“Effective lagrangian approach for the production of pentaquark baryons”(2005年9月)
  • 兵藤哲雄/“Exotics in meson-baryon dynamics with chiral symmetry”(2006年3月)
  • 真鍋雄一郎/“Two nucleon systems in a relativistic Bethe-Salpeter approach”(2007年3月)
  • 為永節雄/“The renormalization and chiral symmetry breaking of the massless sigma model with fermions and bosons in the Coleman-Weinberg scheme”(2007年3月)
  • 永田桂太郎/“Baryons in a quark-diquark model with chiral symmetry”(2007年3月)

3.特記事項

 国費留学生として中国から3人、韓国から2人を受入れた。その内、2人(Geng, Nam)が博士号を修得した。

 博士課程の学生がそれぞれにドイツ、スペイン、ロシア、オランダに数ヶ月滞在して共同研究を行った。

 博士論文に基づいた研究論文が2件、原子核理論新人賞に選ばれた。

 3つの国際会議をCOE とRCNP のサポートで主催した。