大阪大学21世紀COEプログラム 究極と統合の新しい基礎科学 実績報告書

contents
#
事業推進担当者の活動報告 > 中野  貴志 核物理研究センター核物理実験研究部門・教授
中野 貴志 理学研究科物理学専攻・教授 写真

クォーク核物理の実験研究

中野  貴志  核物理研究センター核物理実験研究部門・教授

役割/事業推進担当

1.研究活動

 SPring−8のレーザー電子光(LEPS)ビームラインで、8GeV 蓄積電子ビームと短波長レーザーの逆コンプトン散乱により得られる偏極GeV 光ビームを用いたクォーク核物理実験を行うとともに、ビーム発生装置や測定器の維持と開発を行なっている。ほぼ100%のビーム縦偏極度が得られるレーザー電子光ビーム施設としては、本施設が世界最高エネルギーを誇る。従来の引き出し電子ビームの制動放射による光ビームは光の強度がエネルギーの逆数に比例して大きくなるため、ビームとまったく同じ方向には検出器を設置できない。一方、エネルギー分布がフラットに近いLEPSでは、ビームの正面に検出器が設置することにより、閾値に近いエネルギー領域の反応や、運動量移行の小さいソフトな現象を精度良く測定できる。またレーザーの波長や偏光方向を変えることにより、光ビームの最高エネルギーや偏極方向を簡単にコントロールすることができる利点もある。光ビームのエネルギーは、散乱電子のエネルギーを測定することにより事象毎に標識化している。

 核物理研究センターを中核とする国際共同研究グループであるLEPS グループには6カ国、25の研究機関から約70人の研究者が参加している。このうち約30%が外国からの参加者である。LEPS グループの構成員は、年間約4000時間の実験の遂行とそのデータ解析で中心となると共に、レーザー電子光施設の改善を共同で行なっている。本21世紀COE プログラム期間中に、レーザーの2連同時入射システムを世界で初めて導入し(図1)、毎秒2×106個の標識化光子が得られるようになった。また3次元粒子検出器であるタイムプロジェクションチェンバーを開発し、検出器系のアクセプタンスを大幅に改善した。

 LEPS での主な研究テーマは、Θ粒子に代表されるペンタクォークやメソン・バリオン共鳴状態等、3クォークで説明できないバリオンの探索及び構造の解明、中間子光生成反応の精密測定によるバリオン共鳴状態の研究、核内の中間子の性質の変化の研究である。

1)Θ粒子

 LEPS を用いた実験で得られた大きな成果の一つがシータ(Θ)粒子の発見である。Θ粒子は、レーザー電子光ビームを原子核に照射した実験で世界で初めて実験的に存在の可能性が示された5クォーク粒子であり、2002年のLEPS での観測に引き続き、アメリカのJlab、ロシアのITEP、ドイツのDESY 研究所等の10近くの研究グループから、その存在をサポートする結果が発表された。しかし、2004年以降、主に高エネルギー領域での高統計実験で、Θ粒子の生成が確認出来ないという報告が相次いだ。この混沌とした状況を打開するために、LEPS グループは重陽子を標的とする探索実験を2002−2003年と、2006−2007年の2回にわけて行った。現在、2002−2003年データの解析がほぼ終わった段階であるが、Θ粒子生成を強く示唆する実験結果が、二つの反応モードで得られた。この結果は、最近のいくつかの国際会議で口頭発表し、現在、投稿論文にまとめている。2006−2007年データの解析では、Θ粒子生成のより強固な証拠を得るため、解析に人為的なバイアスがかかり難いblind analysisという手法を用いる。2008年には前述のタイムプロジェクションチェンバーと高輝度化したビームを用いた新実験を予定しており、データ収集系の開発など、実験準備が進んでいる。また、この研究を基礎に更にビーム強度とエネルギーを上げるLEPS 2計画の基本設計を進めている。

図1 2006年にLEPS に導入された2連レーザー同時入射システム
  • “Evidence for Θphoto-production at LEPS”, T.Nakano, Invited talk at The 11th International Conference on Meson-Nucleon Physics and the Structure of the Nucleon (MENU07), Jülich, Germany (2007).
2)φ中間子生成

 ストレンジクォークを一つ含むハイペロン粒子やストレンジクォークと反ストレンジクォークの対で構成されるファイ(φ)中間子の光生成の研究を行なっている。φ中間子の光生成では、OZI 則により中間子交換過程が強く抑制されるため、ポメロン交換やグルーボール交換のような多重グルオン交換過程を研究するのに適している。特に、縦偏極レーザー電子光ビームを用いると、反応の中間状態で交換される粒子のパリティを知ることができるので有利である。陽子を標的とするφ中間子生成実験の結果、πやη等、負パリティの中間子交換が優勢になると思われていた閾値近くのエネルギー領域でも正パリティ粒子の交換が優勢で、さらにその断面積も従来のポメロン交換過程では説明できない極大をもつことから、新たなエキゾティックな生成過程の存在を示唆する結果を得た。陽子を標的とする実験に引き続き、重陽子を標的とする実験を行った。重陽子を壊さないコヒーレントφ中間子生成では、アイソスピンの保存則によりπ及びη中間子の交換が禁止される。実験結果は、やはりポメロン交換では再現できず、エキゾティックな生成過程の必要性を示している

  • “Diffractive φ-meson photoproduction on proton near threshold”, T.Mibe, et. al., Phys. Rev. Lett. 95, 182001(1−5)(2005).
3)バリオン共鳴状態の研究

 クォークモデルは予言するが、未だ実験的には確立していないバリオン共鳴が多く存在する。これまでのバリオン共鳴の実験的研究は、π中間子等ハドロンビームを用いた実験が主だったため、光ビームを用いた実験、特にストレンジクォークを終状態に含む実験に興味の中心が移って来ている。このバイロン共鳴状態の探索に於いてLEPS のデータは欠くことが出来ないユニークなものとして扱われている。特にハイペロン光生成反応においてはビームの偏極方向とK+中間子の生成方向の相関から、中間状態で交換される粒子に対する情報が得られるので、同じく散乱過程の中間状態にのみ現れる励起ハイペロンや励起核子の種類や構造に強い制限を与える。

  • “Measurement of the polarized gamma p → K Λreaction at backward angles”, K.Hicks, et al., Phys. Rev. C76 042201 (2007).
  • “Differential cross section and photon beam asymmetry for the γn → KΣ reaction at Eγ= 1.5 GeV−2.4 GeV”, H.Kohri, et. al., Phys. Rev. Lett. 97, 082003(1−5)(2006).
  • “ The γp → K Λand γp → KΣ 0 reactions at forward angles with photon energies from 1.5 GeV to 2.4 GeV”, M.Sumihama, et. al., Phys. Rev. C 73, 035214(1−12)(2006).
4)原子核核中φ中間子の研究

 原子核標的を用いた実験でφ中間子生成断面積の標的核質量数依存性を調べた。得られた強い質量数依存性は、理論の予想をはるかに超えおり、核内でのφ中間子の性質の変化を示唆するものとして注目を集めている。

  • “φ photo-production from Li, C, Al, and Cu nuclei at Eγ= 1.5 GeV-2.4GeV”, T.Ishikawa, et. al., Phys. Lett. B608, 215−222(2005).

2.教育活動

 この5年間で大学院博士後期課程の大学院生2名が理学博士の学位を取得した。

  • 松村 徹/“Observation of baryon resonance in the γp-π0ηp reaction at LEPS/SPring-8”( 平成16年3月)
  • 三部 勉/“Measurement of φ-meson photoproduction near production threshold with linearly polarized photons”( 平成16年3月)

 また、LEPS での共同研究により大阪大学理学研究科、京都大学理学研究科、及び千葉大学理学研究科で各1名の大学院生が理学博士の学位を取得した。また釜山大学校(韓国)から国費留学生を受け入れた。

3.特記事項

 生成閾値に近いエネルギー領域でのφ中間子の光生成の研究によって博士号を取得した三部勉が、第13回原子核談話会新人賞を受賞した。