大阪大学21世紀COEプログラム 究極と統合の新しい基礎科学 実績報告書

contents
#
事業推進担当者の活動報告 > 萩原  政幸 極限量子科学研究センター量子基礎科学大部門・教授
萩原 政幸 理学研究科物理学専攻・教授 写真

パルス超強磁場を用いた磁性体の研究

萩原  英明  極限量子科学研究センター量子基礎科学大部門・教授

役割/事業推進担当

1.研究活動

 他では容易に発生させることのできない50テスラを超える強磁場下での物性研究を行った。途中担当者(金道浩一:現東京大学物性研究所教授→萩原政幸)が替わったが協力体制を継続させ、世界で最も広い磁場?周波数の観測領域を持つ電子スピン共鳴(ESR)装置やパルス強磁場下放射光X線回折装置を開発した。測定対象は量子スピン系や幾何学的フラストレート系などの磁性体から磁性半導体などの機能性材料、そして生体物質である金属タンパク質などの広い範囲に及ぶ。紙数に限りがあるので本報告書には磁性体に関する研究を記載する。国際会議での招待講演は7件、プレス発表1件、発表論文数は141編であった。

1)量子スピン系の研究

 数多くの量子スピン系化合物の研究を行ったが、その中から(I)S=1のハイゼンベルグ型反強磁性ボンド交替鎖における磁化過程の研究と(II) 擬一次元S =1/2 イジング型反強磁性体の強磁場磁性の研究に関して紹介する。

(I) S =1のハイゼンベルグ型反強磁性ボンド交替鎖における磁化過程の研究

 S =1の一次元ハイゼンベルグ型反強磁性ボンド交替鎖はある交替比で励起ギャップが消失すると理論的に予測されており、実験的な証明が望まれていた。我々は、様々なニッケル化合物試料を作成することによりいくつかの交替比を有する現実の物質を見出し、それらの磁化過程を調べた。(図1)交替比が0.6より小さい場合は飽和磁化の半分の位置に磁化プラトーが出現することも分かった。最も大きな発見は、ギャップが消失する交替比に対応する物質の合成に成功し、ギャップレスの磁化過程を観測したことである。これは、ハルデンギャップとダイマーギャップの相境界に位置し、それぞれのギャップ形成のメカニズムが異なる事を意味しており、たいへん重要な発見であった。

  • High-field magnetization of S=1 antiferromagnetic bondalternating chain compounds, Y.Narumi, K.Kindo, M. Hagiwara, H.Nakano, A.Kawaguchi, K.Okunishi, M.Kohno:Phys. Rev. B 69 (2004) 174405-1-7.
  • Magnetic properties of S=1 antiferromagnetic chains with bond alternation, M.Hagiwara, Y.Narumi, K.Kindo, H. Nakano, M.Kohno, R.Sato, M.Takahashi: J. Magn. Magn. Mater. 272?|76 (2004)876-877.
  • FIELD-INDUCED TOMONAGA-LUTTINGER LIQUID OF A QUASI-ONE-DIMENSIONAL S=1 ANTIFERROMAGNET, M.Hagiwara, H.Tsujii, C.R Rotundu, B.Andraka, Y.Takano, T.Suzuki, S.Suga: Mod. Phys. Lett. B 21( 2007)965-976.


(II)擬一次元S =1/2イジング型反強磁性体の強磁場磁性の研究

 擬一次元反強磁性体BaCo2V2O8の単結晶試料において強磁場下での磁化と多周波ESR 測定を行った。 この化合物は零磁場では5.4 K 以下でネール磁気秩序を示すが、鎖方向への磁場の増加と共にネール温度が下がり、 ある臨界磁場(HC)で長距離秩序がなくなることが報告されていた。 この化合物の1.3 K での強磁場磁化はS =1/2XXZ 反強磁性鎖の磁化過程で説明でき、また、強磁場ESR の結果からスピノン励起のソフト化によって秩序?無秩序転移をすることが明らかとなった。 (図2)また、200 mK までの極低温磁場中比熱測定によりHC 以上の磁場中1.8 K 以下の極低温で新たな磁気秩序相が発見された。

図1 様々なS=1ボンド交替鎖ニッケル化合物の磁化、磁場、
交替比の三次元プロット。
NMOHP などはそれらニッケル化合物の略称。磁化は飽和磁化で、
磁場は大きい方の交換相互作用定数で規格化されている。
点線は計算された相境界を表す。
  • Field-Induced Order-Disorder Transition in Antiferromagnetic BaCo2V2O8 Driven by a Softening of Spinon Excitation, S. Kimura, H.Yashiro, K.Okunishi, M.Hagiwara, Z.He, K.Kindo, T.Taniyama, M.Itoh: Phys. Rev. Lett. 99 (2007) 087602−1−4.
  • Novel Ordering of an S=1/2 Quasi One-Dimensional Ising-Like Antiferromagnet in Magnetic Field, S.Kimura, T. Takeuchi, K.Okunishi, M.Hagiwara, Z.He, K.Kindo, T. Taniyama, M.Itoh: Phys. Rev. Lett. 100 (2008) 057202−1−4.
2)幾何学的フラストレート系の研究

 三角形の頂点に磁性イオンが配置され、磁性イオン間に反強磁性的な相互作用が働くとき、スピンの向きを一意に決定することができない。これを幾何学的フラストレーションと呼ぶ。このような系では量子揺らぎが大きく、新奇な物性を発現することがある。この系の研究では擬二次元三角格子反強磁性体RbFe(MoO4)2やスピネル化合物CdCr2O4の研究を行った。RbFe(MoO4)2の単結晶試料に置いて二次元面内に磁場をかけた際に飽和磁化の三分の一のところに磁化プラトーを観測し、プラトーの始まりと終わりの磁場位置でソフト化するESRの共鳴モードを観測した。CdCr2O4においてはこれまでのESR 測定で観測されたことのない螺旋磁性共鳴の高調波共鳴モードを観測した。

  • Field-Induced Order-Disorder Transition in Antiferromagnetic BaCo2V2O8 Driven by a Softening of Spinon Excitation, S.Kimura, H.Yashiro, K.Okunishi, M.Hagiwara, Z.He, K.Kindo, T. Taniyama, M.Itoh: Phys. Rev. Lett. 97 (2006) 257202−1−4.
  • Triangular lattice antiferromagnet RbFe(MoO4)2 in high magnetic fields, A.I.Smirnov, H.Yashiro, S.Kimura, M. Hagiwara, Y.Narumi, K.Kindo, A.Kikkawa, K.Katsumata, A.Ya.Shapiro, L.N.Demianets: Phys. Rev. B 75 (2007) 134412−1−7.
3)パルス強磁場下放射光X線回折装置の開発

 大型放射光施設SPring-8においてパルス強磁場下でX線回折実験が行えるためのスプリット型のマグネットを開発した。最初に開発した5mm のスプリットギャップを持つマグネットで40テスラの磁場発生に成功した。この様なスプリットギャップを持つパルスマグネットでの40テスラ以上の磁場発生はこれまでに例がなく世界初の成果である。これを用いて反強磁性体・酸化コバルトの強磁場中での磁歪現象の観測に成功した。その後、250 kJ コンデンサー電源が2倍に増強されたため、これに適したロングパルスマグネットを開発した。このコイルを用いることによりパルス幅は25ミリ秒と拡大し、シャッター開放時間も5ミリ秒となった。そのため、信号の検出効率が5倍増加し、ワンショットで十分に美しいデータが取れるようになった。この新しいマグネットにより強磁場下X線回折実験の分野では世界をリードする様々な実験結果が得られている。

図2 BaCo2V2O8のESR 共鳴磁場の周波数−磁場プロットと
計算された共鳴ブランチ(破線)及び強磁場磁化課程(実線)。
  • X-ray diffractometer combining synchrotron radiation and pulsed magnetic fields up to 40 T, Y.Narumi, K.Kindo, K. Katsumata, M.Kawauchi, C.Broennimann, U.Staub, H. Toyokawa, Y.Tanaka, A.Kikkawa, T.Yamamoto, M.Hagiwara, T.Ishikawa, H.Kitamura, J. Synchrotron Radiation 13 (2006)271−274.
  • Correlation between crystal structure and magnetism in the frustrated antiferromagnet CuFeO2 under high magnetic fields, N.Terada, Y.Narumi, Y.Sawai, K.Katsumata, U.Staub, Y.Tanaka, A.Kikkawa, T.Fukui, K.Kindo, T.Yamamoto, R.Kammuri, M.Hagiwara, H.Toyokawa, T.Ishikawa: Phys. Rev. B 75 (2007) 224411−1−8.

 また、本COE と極限量子科学研究センターで外国人講師によるジョイントセミナーを4回開催した。

2.教育活動

 この5年間で大学院博士後期課程の大学院生2名が理学博士の学位を取得した。

  • 菅 健一/“The Origin of an Anomalous Quantum Hall Effect and Magnetic Field-Induced Quantum Oscillations in η−Mo4O11”(平成17年9月)
  • 柏木隆成/“Multi-frequency and high magnetic field electron spin resonance in the quantum spin system Ni(C5H14N2)2N3(PF6) and the diluted magnetic semiconductor GaN:Fe”(平成20年3月予定)

3.特記事項

 物理系英文ジャーナルにおいてインパクトファクターの最も高いPhysical Review Letters 誌にこの間4編の論文を発表した。

 平成19年11月に行われた電子スピンサイエンス学会において木村尚次郎助教が奨励賞を受賞した。

 World Scientific Publishing Company からModern Physics Letters B にBrief Review の依頼を受け出版した。