大阪大学21世紀COEプログラム 究極と統合の新しい基礎科学 実績報告書

contents
#
事業推進担当者の活動報告 > 小谷  眞一 理学研究科数学専攻・教授
小谷 眞一 理学研究科数学専攻・教授 写真

不規則現象の数学

小谷 眞一  理学研究科数学専攻・教授

役割/統括補佐・班長

1.研究活動

 確率解析、スペクトル論とランダムスペクトルの分野において研究論文を3編発表し、国際会議での招待講演を5件(うち基調講演1件)おこなった。

1)確率解析

 確率解析は伊藤清により創始され、現在では解析の基礎である微積分と同程度にランダムな現象を記述する確率過程を解析する上での基礎になっている。確率解析はマルチンゲール理論に基づいて展開される。そのとき、一般に局所マルチンゲールがマルチンゲールになるための条件としては、ある種の一様可積分性が知られている。この問題は近年数理ファイナンスとの絡みで浮上してきた。あらゆるモーメントが有限ではあるがマルチンゲールにならない局所マルチンゲールの例、あるいは局所マルチンゲールがみたす最大値と分散過程の末尾分布との間に成り立つ等式などがヨール等により研究されてきた。マルチンゲールにならない局所マルチンゲールの代表的な例として、3次元ブラウン運動の半径成分の逆数がある。これは1次元拡散過程でもある。一方、1次元拡散過程の特性量は、速度測度とスケール測度および必要ならば境界条件である。そこで、自然に、1次元拡散過程がマルチンゲールになるための必要十分条件をこれらの特性量で与える問題が考えられる。まず局所マルチンゲールになるためにはスケール測度が自然なもの、即ち線形関数である必要がある。この下で、この拡散過程が(境界に達するまでに)マルチンゲールになるための必要十分条件が線形関数の絶対値の速度測度による積分が発散することであることを示した。これによりどんな可積分性があってもマルチンゲールにならない局所マルチンゲールの例が自由に作れることになる。

  • On a Condition that One-dimensional Diffusion Processes are Martingales, S.Kotani: Seminaire de Probabilités, 19(2006) 149−156, Lecture notes in Math. 1874
2)スペクトル理論

 クレインはモーメント問題の一般化として、ある区間で正定値な関数を実数全体に拡張する問題を考察し、一般論を展開した。そしてスティールチェスのモーメント問題の連分数展開としての一般化として弦振動の方程式を得、そのスペクトル測度と弦の質量分布関数との対応が一対一であることを示した。このとき基本的な仮定として、境界の左端が正則であることを前提とした。そのために、対応するスペクトル測度も線形関数の逆数が可積分であるという制限がつく。小谷は30年前に左端が正則でない場合(拡散過程の言葉では流入境界である場合)にもこのスペクトル理論を展開し、スペクトル測度と弦の質量分布との対応の一意性を示し、またスペクトル測度の増大度の自由度について考察した。最近、笠原?渡辺により、1次元拡散過程の加法的汎関数の中心極限定理に相当する極限定理の証明において、このクレインの理論の境界が特異な場合への拡張が必要とされた。これを動機として、過去の研究成果を見直した結果、スペクトル測度がべき型の増大度を持つための必要十分条件を質量分布関数の左端でのある種の可積分性の条件で述べること、及び質量分布関数が左端で緩い特異性をもつ場合にスペクトル測度と質量分布関数との対応の連続性を示すことに成功した。この連続性は左端が正則な場合には笠原により得られており、この緩やかな特異な場合には、特異性についてのある種のタイトネスが必要であることを指摘したところが新しい結果である。

  • Krein’s Strings with Singular Left Boundary, S.Kotani: Report on Math. Phys. 59 (2007) 305−316.
3)ランダムスペクトル

 ポテンシャルがランダムなシュレーディンガー作用素のスペクトルはランダムスペクトルになるが、この性質は不純物が入った物性と深く関係していて物理的にも興味ある問題である。1次元の場合にはそのスペクトルの性質は数学的に詳細にわかっているが、多次元の場合には数学的には部分的な結果しかない。1次元の場合にスペクトルの性質を調べるのに基本的な量であるLyapunov 指数を多次元の場合にも定義可能であることを示した。

  • Thermodynamic Limit of Relative Fredholm Determinant for Green Operators of Random Schrödinger Operators, S.Kotani: Markov Processes and Related Fields, 9 (2003) 709−716.

 近年ランダム行列の固有値やその分布について、行列のサイズが無限大に大きくなっていくときの極限定理についての結果が集積しており、 数学の多くの分野との関連(数論、可積分系、非可換確率論)で興味がもたれている。本来、ランダムシュレーディンガー作用素は離散化すれば行列とみなせるので、 そのスペクトルの研究はランダム行列の固有値の研究とみなすことができる。しかし、この場合は行列の対角成分のみがランダムであり、その両脇を除いて成分はゼロという意味で退化したランダム行列である。近年のランダム行列の研究の進展に触発されて、ランダムシュレーディンガー作用素においても、有限領域に制限して考えたとき現れる個々の固有値の、領域を無限に広げた場合の極限定理についてはこれまでほとんど結果が知られていなかったので、 その研究計画を科学研究費に申請し、平成19年度の萌芽研究に採択された。現在、博士課程学生と共同で研究を行っており、 スペクトルの下端における場合とスペクトルの中央付近における場合とで極限状態が相違することを発見している。

  • 平成19年度−21年度「科学研究費萌芽研究」:ランダム・シュレーディンガー作用素のランダム行列の手法による研究

 ランダム定常過程は周期関数あるいは準周期関数の拡張である。一方周期関数を初期関数とするKdV 方程式などの可積分非線形微分方程式の研究には膨大な蓄積がある。 このような可積分方程式の解法には1次元シュレーディンガー作用素が深く関係している。したがって、1次元ランダムシュレーディンガー作用素の研究はKdV 方程式と自然に関連付けられる。 小谷はこれをランダムシュレーディンガー作用素のFloquet指数(あるいはLyapunov 指数)によるランダムポテンシャルの特徴づけの問題として定式化した。 最初の問題はランダム関数を初期値としてKdV 方程式を解くことであったが、これは佐藤理論を適用することにより解決した。 その研究の過程でGelfand-Levitan によるスペクトル逆問題(スペクトル関数からポテンシャルを求めるアルゴリズムの発見)が確率論的に解決できることを見出した。 つまりスペクトル関数から自然に定義されるガウス過程の2次汎関数を用いてポテンシャルが確率論的に表現できることがわかった。これらについては以下の研究集会で発表した。

会議招待講演

  • Quadratic functionals of a certain class of Gaussian processes and inverse spectral problem by Gelfand-Levitan, S.Kotani: Conference in Probability Theory and Mathematical Statistics Dedicated to Centenary of A.N.Kolmogorov、トビリシ、ジョージア、2003年9月
  • KdV 方程式と確率論、小谷:伊藤清博士文化功労賞受賞記念講演会、京都大学数理解析研究所、2003年12月
  • KdV-flow and Floquet exponent, S.Kotani:Mathematics and Physics of Disordered Systems、オーベルボールファッハ、ドイツ、2004年5月
  • Survey on 1-dim. random Schrödinger operators and Lyapunov exponents, S.Kotani: International Conference on the Occasion of the 150th Birthday of A.M.Lyapunov、ハルコフ、ウクライナ、2007年6月

2.教育活動

 この5年間で博士学位を2件(1件は論文博士)指導し、現在ベトナムからの留学生1名を博士後期課程で指導中である。

  • 野村祐司/“Anderson localization for random magnetic Schrödinger operators on graphs”(平成16年4月 論文博士)
  • 鍛治俊輔/“On the tail distributions of the supremum and the quadratic variation of a cádlág local martingale”(平成18年3月)

3.特記事項

 平成16年4月より平成20年3月(予定)まで理学研究科長を務め、理学研究科の運営にあたった。