大阪大学21世紀COEプログラム 究極と統合の新しい基礎科学 実績報告書

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事業推進担当者の活動報告 > 満渕  俊樹 理学研究科数学専攻・教授
満渕 俊樹 理学研究科数学専攻・教授 写真

多変数保型形式と整数論の研究

満渕 俊樹  理学研究科数学専攻・教授

役割/事業推進担当

1.研究活動

 この5年間は、複素幾何における「小林=ヒッチン対応の重力場版」に象徴される「特殊計量」および「多様体の安定性」に関連する種々のテーマの研究に取り組んだ。国際会議での招待講演は17件(内基調講演1件)であった。

1)Multiplier Hermitian Structures

 反標準束のチャーン類を偏極類にもつケーラー多様体がハミルトン正則ベクトル場をもつとき、そのハミルトン関数から得られる正の関数によりもとのケーラー計量を共形変形して得られるケーラー構造をmultiplier Hermitian structure とよぶ。この構造に対してもリッチ形式の拡張概念を定義することによってケーラー=アインシュタイン計量の一般化を得た。重要な点は、その一般化の特別な場合としてケーラー=リッチソリトンが含まれることである。我々は、こうした広い枠組みの基礎的かつ系統的な研究を行った。最近、実はこの研究が、たとえば二木=小野= Wangによるトーリック佐々木多様体の研究にも有用であることが分かってきている。

  • Multiplier Hermitian structures on Kähler manifolds, T.Mabuchi, Nagoya Math.J., vol.170, 73−115 (2003)
2)小林=ヒッチン対応の重力場版

 ベクトル束の小林=ヒッチン対応により、コンパクトなケーラー多様体上のindecomposable な正則ベクトル束については「マンフォード=竹本の意味で安定であることとHermitian-Einstein 計量をもつことは同値である」ことが知られており、正則ベクトル束についての微分幾何学的研究において重要な役割を果たした。一方、この重力場版として、射影ケーラー多様体に対し「幾何学的不変式論の何らかの意味で多様体が安定であることと、偏極類が定スカラー曲率ケーラー計量を含むことは同値であろう」という予想(ヤオの予想とも呼ばれる)が考えられ、リッチ正の場合のカラビ予想の進化した形を包摂する興味深い問題として知られている。これについては、最近ドナルドソンによる新しい展開があり

「正則自己同型群のアフィン部分が有限群であるとき、定スカラー曲率をもつ射影ケーラー多様体はヒルベルト=マンフォード漸近安定である」

ということが知られるに至った。我々は、この結果をチャオ=マンフォード安定性という観点から、正則自己同型群についての条件を除くことに成功し、さらに定スカラー曲率の場合のみならず、より一般的に端的ケーラー計量をもつ射影ケーラー計量の場合にも同様の定理が得られることを示した。

  • An energy-theoretic approach to the Hitchin-Kobayashi correspondence for manifolds, I, T.Mabuchi, Inventiones Math., vol.159, 225−243 (2005)
3)偏極多様体の漸近安定性

 漸近的ベルグマン核関数が定数のbalanced metricの存在が、漸近的Chow-Mumford安定性と同値であり、その極限として定スカラー曲率ケーラー計量をとらえることが出来るということが知られている。まず、このプロセスを端的ケーラー計量の場合にあてはめた場合に、ベルグマン核関数を重み付きの核関数に一般化して考えてやれば良いという考察から、漸近的チャオ=マンフォード安定性の概念を(代数的トーラスの群作用を法とした場合を考察することによって)さらに一般的な安定性として定式化した。この拡張された安定性概念を用いることによって、小林=ヒッチン対応の重力場版の端的ケーラー計量の場合への一般化が可能となった。

 一方、小林=ヒッチン対応の重力場版という観点から考えると、偏極多様体が定スカラー曲率ケーラー計量をもつための二木障害にあたるものが、その偏極多様体が漸近的に半安定となるための障害として見出されるのではないかという予想が考えられる。実際、偏極多様体が漸近的に半安定となるための障害を定義し、それが消える場合には、定スカラー曲率ケーラー計量の存在の下に、半安定性を形式的に近似するapproximate balanced metric の存在が言えることを示した。この漸近的半安定性についての障害は、後に二木によって、二木不変量を含む一連の積分不変量として特徴付けられた。

  • Stability of extremal Kähler manifolds, T.Mabuchi, Osaka J.Math., vol.41, 563−582 (2004)
  • An obstruction to asymptotic semistability and approxiamate critical metrics, T.Mabuchi, Osaka J.Math., vol.41, 463−472(2004)
4)端的ケーラー計量

 射影代数多様体上の偏極類を定めたときの、定スカラー計量の(群作用を法とする)一意性は、ドナルドソンによって正則自己同型群のアフィン部分が有限群であるときには得られていたが、この自己同型群についての条件を取り除いても一意性が成り立つことを示した。(このうち最も基本的な場合のケーラー=アインシタイン計量の場合の一意性は、すでにドナルドソン以前に板東と小生の共同研究から知られていた。さらに最近、完全に一般の端的ケーラー計量の場合についても一意性が成立することは、最終的にはChen-Tian によって証明された。)

 一方、Catlin-Lu-Tian-Zelditch の漸近的ベルグマン核を、離散的に定義される対象としてだけではなく、連続的に定義される対象として一般化した。このことからdestabilizing object 構成のより詳しい手順を得る可能性が開けるとともに、他方ではドナルドソンによる安定性に関する結果のみならず、その端的ケーラー計量の場合への我々の一般化についても、かなり見通しの良い解釈が得られるようになった。

  • Uniqueness of extremal Kähler metrics for an integral Kähler class, Internat. J.Math., vol.15, 531−546 (2004)
  • Extremal metrics and stabilities on polarized manifolds, T.Mabuchi, ICM 2006, Madrid, European Math. Soc., vol.?, 813−826 (2006)
5)その他

 トーリックファノ曲面において、アインシュタイン=ケーラー計量(またはケーラー=リッチソリトン)を記述する方程式をアフィン幾何の双曲的アフィン球面の方程式に書き直し、これをさらにR2の凸領域で実モンジュ=アンペール方程式の解の漸近展開を求めることに帰着させた。

  • An affine sphere equation associated to Einstein toric surfaces, T.Mabuchi, Proc. 4th ICCM, Hangzhou 2007 (ed. S.-T.Yau et al.), Higher Educ.Press and Internat.Press, vol.I, 206−215 (2008)

2.教育活動

 この5年間で指導した大学院博士後期課程の大学院生は、以下の2人である。

  • 長坂直彦/国家公務員(一種)海上保安庁(平成19年3月D1修了時に中退)
  • 新田泰文/平成20年4月より学術振興会特別研究員DC2(平成20年3月現在D1に在籍中)

 一方(平成15年4月より)平成18年3月まで大学院理学研究科学務委員および専門教育教務委員長を務めた。
 
 また、集中講義(非常勤)を、東京大学大学院数理科学研究科、東京工業大学大学院理工学研究科、九州大学大学院数理学研究院等多数で行った。

3.特記事項

 上記の研究によって平成16年度大阪大学教育・研究功績賞を受けた。これら一連の結果は、日本数学会でも高く評価され「多様体モデュライに対する小林・ヒッチン対応の汎関数的手法による研究」によって、平成18年度日本数学会幾何学賞を受けた。

 また世界的な評価も受け、マドリードでの世界数学者会議(ICM2006)において、招待講演者となった。

アフィン球面とtoric Kähler-Einstein surfaceの関係図